リズと青い鳥

リズと青い鳥」を観てきました。

<ネタバレありです>




靴音などのSEがかなり強く主張してきてました。
BGMもちょっと変わった感じで、インパクトありました。
ただ、映画全編をと通しては静かめで、深く惹きこまれる作品でした。
作画や演出も、相変わらず恐ろしいほどの高クオリティで何度も見返せる映画です。

二人は本当に親友?

「想いあっているのに、すれ違う二人。けれど、最後はお互いがお互いに無意識にはめていた枷を取っ払い、本当に対等な関係へと…」的な文脈で語られるのでしょうが、どうも個人的にしっくり来なかったので、思った事を。


物語の冒頭の二人の関係は、親友というよりは保護者と被保護者に思えます。

みぞれはのぞみに依存してます。
のぞみは無自覚にでしょうが、それを受けて先導する立場です。
誰でも、あれだけべったりされたら庇護欲を刺激されると思います。
(ついでに言うと、世間では「百合」という言葉も多く聞こえてきますが、個人的には疑問です。)

そして、最終的にその関係は解消あるいは改善されたとは言え、二人のバランスは取れてないままだと思うんですよね。

最初の演奏でのピッチのズレという形で表された二人のズレですが、少なくとも映画内では息が合った演奏が出来るようになったという描写はないですし。(これからそうなれるように…と言う筋ですね)

ぶっちゃけて言ってしまえば、最初から最後まで、想いの強さは「みぞれ>のぞみ」だと思います。

捻くれたというか意地悪な受け取り方でしょうが、
のぞみにとって、みぞれは多数いる仲の良い友達のうちの一人で
みぞれにとって、のぞみは友人が少し出来たとは言え、突出した一人
のままに思えます。

のぞみに関してもっと言えば、庇護欲で隠されていた嫉妬心をむき出しにした訳で、それを本当に完全に受け入れられたのかな、と。
「支えるから」と前向きな発言をしてはいましたが、簡単に捨てきれる感情ではないのでは?
友情があるからこそ、切り離せないというか。

山場であるみぞれの感情が爆発するシーンでも、それを聞きながらのぞみは複雑な気持ちだったんだろうと思います。

みぞれはのぞみを「全て」と言いますが、それはあくまで「みぞれが知っていると思っているのぞみの全て」で、のぞみからすれば蔑ろにされているとも感じられるかも知れません。

それまですれ違いで出来なかったハグを、のぞみはこのシーンでは葛藤の末、返します。
その葛藤も、ここでみぞれを受け入れたらまたしても枷を嵌め合う関係になってしまうのではないかという葛藤ではなく、上に書いたように未だに自分を偏った見方しかしてくれないみぞれに対する微かな苛立ちと嫉妬心を押さえ込む葛藤に見えました。

とんでもなく的外れな、それこそ偏った見方かもしれませんが、とりあえず一度観てみて感じた事を書いてみました。