ポジティブな人はネガティブな人をポジティブには捉えない

ポジティブな人はネガティブな人を嫌いなのだと感じます。

自虐めいた冗談で笑いを取ろうとした時、顔をしかめられた事があります。
これは僕の過失です。
それは冗談のつもりだったんだよと言っても、冗談として受け取らなかった相手にとっては、同じことでしょう。
ああ、感性が違うのねと思うのはこちらだけなのです。

けれど、僕なりにネガティブである事をポジティブに捉えている部分があります。
例えば、考えすぎる事。
これは裏を返せば、想像力や思考力があると言える場合もあります。
仕事で失敗した時、何がいけなかったのか深く考える。単純に、ミスをした箇所を特定し改善方法を考えるだけではなく、何故そのようなミスをしてしまったのか自分の無意識や思考についても考えます。
そして、自分はなんてダメなんだと落ち込みます。落ち込み続けます。
そのうち忘れますが、同じ様な案件があった時、自責の念は再燃します。
そうして、ミスはかなり減らす事ができます。

また、世界には繊細な心を強みにして、芸術分野で活躍している人がたくさんいます。

メランコリア」という映画があります。

あらすじ

巨大惑星メランコリアが地球に接近する中、ジャスティン(キルステン・ダンスト)は盛大な披露宴を催す。姉クレア(シャルロット・ゲンズブール)の夫(キーファー・サザーランド)が所有する豪勢な屋敷での宴は盛況だったが、花嫁のジャスティンはどこか空虚な表情だった。披露宴を取り仕切った姉夫婦はそんな妹を気遣うが……。

監督であるラース・フォン・トリアーは、自身の鬱や精神疾患などの経験から、この作品を作り上げています。
現在は、過去に製作した「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で主演したビョークから、ハラスメント嫌疑をかけられ炎上中です。
それはさておき、構想の元にあるのは監督が知った「鬱状態の人ほど、危機的状況に冷静に対応できる」というもの。

そして、この作品の感想をネットで検索していたところ、ひとつの批判的なものを見つけました。
それは、「監督は鬱である自身が、そうではない他者より優れていると主張したいのだろう」というもので、実際はかなりキツめの文章で書かれていました。
すごく驚きました。
突然、見ず知らずの人間に怒鳴り散らされた様でした。
厄介なやつ何を考えているか分からないやつといった目を向けられる事はあれど、直接怒りを向けられたことはなかったからです。
可能な限り身を潜めていれば、通り過ぎていくものと思っていたのに、そうではなかったと。
作品を生み出して人に鑑賞してもらうという特殊な立場にいるのだから、ある程度は仕方ない事だと思いますが、批判されるべくは作品であって監督ではないはずと言うのが、僕の考えでした。

この記事も見る人が見れば、自己陶酔と被害妄想・誇大妄想に満ちたものに見えるでしょう。
でも、争う気はないのです。敵意はないという意思表示だと受け取って、無理やり振り向かせて怒鳴りつける様なことはしないでください。お願いします。

本日はドラムの日

本日はドラムの日らしいので、なんかよくわかんねーけどカッコいいぜ!っていう曲を紹介します!

Refused - Refused are fucking dead

普段聴くジャンルとはかけ離れてるけど、これはテンションあがるぜぇ!

Pink Floyd - Echoes (Live at pompeii)

素人からしたら上手いのか下手のかよくわかんないけど、なぁんか気持ちいいんだよなぁ!

The Music - Too high

これもテンション上がりまくり!と言うか、The Musicの1stは全編通してドラムが熱い!

The Battles - Tonto
マスロックもあんま聴かないんだけど、ハマるとヤバイのかも。

Badger - Wheel of fortue
海外の音楽雑誌で、聴き逃してるかもしれないライブ名盤ランキングに入ってた。かなり熱い。

今思い出せたものだけを羅列してしまったので、後からわんさかお気に入りが出てきて悔やみそう!

あと、今日は萌えの日でもあるんですって。
十月十日を組み替えると、っていう字になるんです。なるほどなぁ。
どっちにしようか迷ったけど、ドラムにしました。
萌えも語り出すと止まらんからなぁ。。
とりあえず、戦場ヶ原ひたぎ千反田えるがツートップです。

【釣り】Apple直伝 中秋の名月をiphoneで撮る方法

素晴らしい記事を見つけたので、おすそ分け。




ツッコミ体質なので、脊髄反射で突っ込んだよね。
持ってねーし!
そんなの持ってたら、良いカメラ持っとるやろ!!
最近では、大手企業もこのくらいのユーモアを披露していく時代なんですね。
ちなみに今日は秋晴れで、とっても風が気持ち良かったので、ひきこもりの私もさすがに外出せざるを得なかったですね。ええ。
ツタヤにDVD借りに行ってきました。

(ツッコミ待ち)

読書の秋

突然ですが、今日は姉の誕生日です。
姉とは合いません。
仲が悪いわけではないのですが、考え方が違う部分がたくさんあるのです。
唯一の姉弟なので、万が一何かあった時は可能な限り力になるだろうとは思いますが、それは何というか、血を分けたものとしての最低限の行いの気がするからです。
もちろん、世の中にはとても仲の良い兄弟もいれば、殺してしまいたいと思うほど、仲の悪い兄弟もいるでしょう。
人それぞれです。

それで、読書の秋に僕がお勧めするのは、

幼年期の終り

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

ざっくり言うと、宇宙人が現れて人類を驚愕の未来へ導いていくお話です。
超ザックリですが、本当に面白いです。

印象深い箇所を抜粋します。
弟が姉に向けて書いた永遠の別れを告げる手紙です。
ひとつ注釈をつけるならば、後ろ向きな選択ではないです。

きみも充分に承知しているように、ぼくをここにつなぎ止めているものはそうたくさんはない。したがって、ぼくはなんら良心の呵責なしに去っていくことができる。
(中略)
ぼくがいなくなったところで、きみはたいして淋しがりはすまい。ぼくはそれをよく承知している。お互い率直になって、ぼくらが決して強い絆で結ばれた姉弟ではなかったことを認めようじゃないか。

そして、彼はのちに人類最後の使命を果たす事に成ります。
そこが、僕が一番好きな箇所で、この小説をお勧めしたい理由ではあるのですが、それは実際に読んでいただきたいと思います。

小川彩佳の発言について

先日、小川アナのこんな発言がtwitterとかで、少し話題になってました。

国連の演説を聞いていて、トランプ大統領と歩調も口調も一つにするような言葉が相次ぎましたけれども、そうした言葉を聞いていますと、逆に危機を煽っている、危機を招いてしまうのではないか。」

番組に出演した安倍首相に対する発言なんですが、首相は「危機を作ってるのは北朝鮮である」と答え、twitterでも「安倍さんのいう通りだ」とか「小川アナは北朝鮮を擁護してるのか」なんてつぶやきがありました。
確かに、北朝鮮が核開発やミサイル発射などをしなければ危機は起きないので、安倍首相を責めるのは筋違いだと思います。
でも、小川アナの発言を聞いて感じたことがあります。
それは、反安倍である報道ステーションの立場から発言したというよりは、小川アナの素直な気持ちだという事。
twitterやネットでは、小川アナに賛同する声は見つけられませんでしたが、国民の中に同じ事を思っている人は、意外に多いんじゃないかと感じました。
要するに、事をこれ以上、荒立てないで!という事ではないかと。
確かに経済制裁などで圧力をかけ続ければ、北朝鮮が暴挙に出てしまう可能性は高まる気はします。しかしながら、ここで北朝鮮を刺激しないようにことを荒立てずにいたとしても、結局は何をしでかすか分からないのです。

過去の戦争の経験からか、日本人は不穏なことにとても敏感で、ある種のアレルギー反応のようにすら感じます。
他者と揉めない為に、客観的にものごとを捉え、冷静でいることは大事です。
ただ、それが通用しない相手がいるということをイマイチ受け入れられない、あるいは考えられない人がたくさんいるように思います。

北朝鮮問題は、お互いにお互いの主張を理解できず、折れる事も出来ないでしょうから、もはや日本が望むような終わりを迎えることはないでしょう。
しかし、これを機に他者を批判することで思考停止することなく、自分と相手の意見の奥にある無意識の要求を掘り下げるようにしていければ、終わりの見えない批判合戦も少しはマシになるのではないでしょうか。

会社の経理が横領していた話

現在進行形の話なんですけどね。
びっくりです。
しかも、個人的なタイミングで言えば、最悪です。
と言うのも、横領が発覚したのが、僕が退職を申し出た翌日なんです。

以前、窓際族(通じるのか?)になったと言う事を書いたんですが、これを良い機会に田舎に帰ろうと決意しました。
幸か不幸か独身ですし、長男ですので高齢になった両親の今後も考えての選択でした。

それで、社長に退職を申し出ました。
ぼく「12/15付で退職させてください」
しゃちょう「そうきたか」
ぼく「?」

しばらく前に、有給の残り日数を確認したので、それとなく辞意については察せていたはずと、この時は不思議に思いました。

しゃちょう「あと数日待ってくれ」
ぼく「?」
しゃちょう「そして、どうしてもと言う場合は数ヶ月くらい延ばしてもらえんか?」
ぼく「のっぴきならない事情があり、納得できれば」

そして、数日後。
オーナーに呼ばれ、社長とともに本社へ。
その道中。

ぼく「オーナーに引き止められても、決意は変わりませんが」
しゃちょう「田舎に帰るからという理由も説明したが、どうしても必要なら頼んで残ってもらえと」
ぼく「数日待ってくれと言った真意はなんだったんです?」
しゃちょう「経理を辞めさせようと」
ぼく「経理を辞めさせても、僕は辞めますから、のちの業務のことを考えるとそれはやめたほうが良いですよ」
しゃちょう「会社の金ちょろまかしとんねん」
ぼく「ファッ?!」

思った以上にのっぴきならない事態でした。
うちは事務方が3人しかいない零細企業ではありますが、経理をクビにして、僕も辞めた場合、定年間近の事務課長ひとりになってしまいます。
いくら経営不振で暇とは言えど、さすがに課長ひとりでは無理なのです。
社長の当初の予定では、僕が辞めても経理と事務課長のふたりで、何とか補えるはずだったのですが、僕が辞職を申し出る前日に経理の不正を見つけてしまい、その後数日の間に、証拠を見つけ本人に問い詰めたところ、横領を認めたそうです。
さすがに、そのまま雇い続けるわけにも行かないので、僕に残ってもらいたいとの事。
もちろん、辞職を撤回することになりました。

その後、オーナーからは給料を言い値にしてやるから、好きな額を言えと言われ。苦笑
すごい(めちゃくちゃな)話なんですが、小心者の僕は丁重に断固お断りいたしました。
オーナーに会う前に、事情を聞いて辞職を撤回する事は決意済みでしたし、唯でさえ暇を持て余してる身に、これ以上のお給金など受け取れません。
現在の待遇で十分すぎるほどなのです。
転職サイトで、自分の経歴や資格と現在の給料を入力したら、「十分に評価されています。転職はしない方が良いかも。」と、さりげなくディスられた僕です。
それでも、オーナーは言い出すと聞かない人なので、昇給して頂きました。
何とも複雑な気分です。

プロ哲学者も生きづらかったのか

前回の記事から、続きといえば続きなのだけれど、(畏れ多くも)自分と同じような事を考えていたプロ哲学者たちは、生きづらくなかったのだろうか。
少し調べてみると、こんな記事があった。

この記事によると、
サルトルは同じく哲学者のボーヴォアールに、「契約結婚」を申し込んだそうだ。
一時的な恋愛に縛られるべきではないと、いけ好かないチャラ男みたいな事を言っているが、惚れた弱みかボーヴォアールは、嫉妬の心に悩まされながらも(健気だ…)、サルトルの死まで、その契約を続けたらしい。
ボーヴォアールも、変わり者だったという事かもしれない。

次に、キルケゴール
24歳の時に、15歳のレギーネに2年間にわたって、結婚を申し込んだそうだ。
現代の日本なら、いろいろアウトだ。
しかし、その執念の結果、婚約を結ぶ事が出来て、ハッピーエンド!
と、思いきやキルケゴールから、婚約破棄。
自分が果たして、愛する彼女を幸せにできるのかと悩みすぎたゆえの決断だったらしい。
(笑)
いや、まあ笑えないんですけど。気持ちはわかるし。

最後に、ニーチェ
哲学なんて何も知らない自分でも、名前くらいは知っているニーチェ

ニーチェは、現代において哲学史を塗り替えたといわれるドイツの大哲学者です。ところが、彼は恋愛に関しては、ヒットゼロ。一生独身で、最後は発狂して死にました。

一生独身で、最後は発狂して死にました。
一生独身で、最後は発狂して死にました。
一生独身で、最後は発狂して死にました。
パワーワード過ぎる(笑)

4時間過ごしただけの女性に求婚の手紙を出し、もちろん振られ、友人に「もう絶対結婚なんかしない!」と槇原敬之にインスピレーションを与えたかもしれない宣言をします。
その後ルーという女性に出会い、哲学について語ったりしながら過ごすうち、ルーを哲学の弟子かつ伴侶と考えるようになり、前言撤回!求婚し玉砕…。

「結婚なんてバカバカしい。過去の偉大な哲学者はみんな結婚なんてしていなかった!」という負け犬の遠吠えのような言葉を残しています

森見登美彦の小説に出てきそうな人である。笑

しかし、この3人をみると、やはり偉大な哲学者は世の中には迎合せず、生きづらかったのではないか。
そして、僕も同じような末路を辿るのか…恐ろしい。
しかも、自分の場合は後世に名を残すことも叶わず、ただ発狂して死ぬのだ。
発狂して死ぬのは嫌だなぁ。笑